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仙台高等裁判所 昭和32年(う)583号 判決 1958年9月24日

控訴人 被告人 赤間亀三

弁護人 八島喜久夫

検察官 木戸芳男

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人八島喜久夫の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義及び被告人名義の各控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意及び被告人の控訴趣意中逃走罪に関する主張について。

刑法第九七条の主体は既決、未決の囚人であり、「既決の囚人」とは確定判決により自由刑の執行として又は死刑の執行に至るまで拘禁せられる者をいい、「未決の囚人」とは確定判決前において刑事手続の必要上勾留状により拘禁せられる者をいうとされるのであるが、同法条が刑事法上の審理又は制裁のためにする国家権力による拘禁力の保持を目的とする立法趣旨に鑑み、自由刑の執行に準じて考うべき場合と勾留状による拘禁に準じて考うべき場合を包含するものと解すべきである。(自由刑の執行に準じて考うべき場合は例えば罰金不完納の場合の労役場留置であり、即ちそれは刑に準じて自由を拘束されるもので、一の換刑処分であり、監獄法が準用せられる((監獄法第九条))のであつて、労役場留置中の者も亦「既決の囚人」に包含せられる)。

ところで、鑑定留置が刑事手続の必要上なされる国家権力による拘禁であることは疑いがない(刑務所に在監中のまま鑑定留置する場合のほか一般には直接には病院その他の場所の管理者の支配下におき、国家権力はその間間接的にその者を支配する)。勾留中に鑑定留置状が執行されたときは、留置されている間、勾留はその執行を停止されたものとされるが(刑訴法第一六七条の二第一項)、それは鑑定留置がその性質上長期間に亘るため勾留期間の制限の遵守が困難となることを回避する等の理由に基くものであり、裁判所が適当と認めるとき勾留の執行を停止する場合(同法第九五条)とはその趣を異にし、逃亡、罪証隠滅を防止する必要性に何等消長なく、従前の勾留と同一程度の拘禁状態を維持する必要があるわけである。法が留置につき必要があるときは、裁判所は留置場所の管理者の申出により又は職権で司法警察職員に被告人の看守を命ずることができるものとしたのも(同法第一六七条第三項)、主としてこのためと解される。そして、勾留に関する規定は、保釈等鑑定留置の性質に反するものをのぞき、右留置について準用されるのであり(同法条第五項)、その留置は未決勾留日数の算入につき勾留とみなされるのである(同法条第六項)。かくの如く、鑑定留置は拘禁の点において勾留と極めて近似した取扱をうけているのであるが、身柄不拘束の者が新たに鑑定留置された場合は、その留置期間中特に逃亡、罪証隠滅の防止を顧慮する必要性に乏しく、勾留と同一程度の拘禁状態に置かねばならない理由はなく、専ら鑑定という特殊の目的達成の見地からのみ身柄を拘束すれば足りるから、この場合には必ずしも勾留と同一視されぬ事案を生じ得るのであつて、勾留に関する規定の準用は主として人権保障の意味を有するものとみられるのである。これに反し、勾留から鑑定留置に移行した場合には、実質的には鑑定のための留置と捜査若くは審理のための身柄拘束とが併存するのであつて(因みに、刑務所に在監中のまま鑑定留置する場合は、刑訴法第一六七条の二の規定の新設される以前は、勾留と併存するとの考えがあつた。なお、最高裁昭和二八年(あ)第二四七三号同年九月一日判決参照)、司法警察職員に看守を命じたり又は施錠のある房室に入れて外部との交通を厳重に遮断する等の措置を講じて勾留と同一程度の拘禁状態を維持せねばならないことになるのである。かくて、勾留から鑑定留置に付せられた者の留置中における身柄の処遇が勾留と同一程度の拘禁状態に置かれたものと認められる限り、勾留状による拘禁に準じて考うべき場合であつて、その鑑定留置中の者も亦「未決の囚人」に包含せられるものと解するのが相当である。

本件において、原判決挙示の証拠によれば、被告人が鑑定留置された東北大学医学部附属病院神経精神科南一号病棟はいわゆる不穏病棟に属し、逃亡、暴行等の虞ある患者を収容し、昼間四人、夜間(午後五時より翌朝八時半まで)は二人の医療看護手が看守等に服務して居り、被告人の収容されていた第一〇号室は保護室と称し、特に逃亡、暴行等の虞の大なる者を収容し、その出入の扉は医師の指示によつては昼間鍵をかけないことがあるが、夜間は常に施錠してあり、その外部との交通は厳重に遮断されていたのみならず、右病室廊下、便所、浴場の窓には鉄製の枠に鉄製網入の厚い硝子を嵌め込んであり、換気のため窓の両端の人体の出入の到底不可能な面積の部分のみ僅かに自由に開閉し得る仕組になつているし、又右病室を含む南一号病棟と爾余の病棟その他の病院建物部分との間には常に施錠し、必要の都度鍵を保管する医療看護手等において開閉する扉を設けてあり、更に右病棟にある非常口にも不断施錠されているので、仮に前示病室の扉が開いてあつても右病棟から外部に出ることは通常の手段方法を以てしては不可能な実情であることが認められる。従つて、右に述べた施設の下における被告人の留置状態は勾留執行中の者の拘禁状態と同一程度のものと認めるのが相当である。論旨は、右施設は本来精神異常者の狂暴、逃走等に備えたもので未決の囚人のそれに備えたものではない旨主張するけれども、そのことは右認定を何等妨げるものではない。されば、右の拘禁状態におかれた鑑定留置中の被告人も亦「未決の囚人」に包含せられるものと解すべく、この拘禁状態を離脱した被告人の所為は刑法第九七条の未決の囚人が逃走したときに当るものというべきである。

以上説明の次第で、原判決には所論のような法律の解釈適用を誤つた違法は存しない。論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意中窃盗の事実及び量刑に関する主張について。

しかし原判示第二の各窃盗の事実特に所論犯意の点も原判決挙示の証拠によりこれを肯認し得るのであつて、記録を精査しても原判決の右事実認定に過誤あることなく、更に、被告人の経歴、家庭事情、本件犯行の動機、態様、犯行後の事情、その他諸般の情状を検討考量するに、原判決が被告人を懲役一〇月に処したのを目して重きに失し不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき同法第一八一条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篭倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)

被告人赤間亀三の控訴趣意

私は窃盗、逃走事件について昭和三十三年十二月十日仙台地方裁判所において、十ケ月の判決をうけました。私は逃走事件にふまんがあります。いつたん私は刑務所からしやくほされたわけであります。そして大学病院に入院していたのですから、私がかぎをあけてそとにでても逃走にはならないと思います。又べんご人もそう言つておりました。しかし裁判官はべんご人のはなしもききいれず判決をしてしまつたのです。このてんについてもうすこしくわくしくしらべてもらいたいのです。

それから窃盗については私はわるいきもちでやつたのではありません。私は警察の人にぬすんだうどんをうりにあるいたとか、うつたとかいわれましたが、ぜつたいにうつたりはいたしません。私はたべただけです。あと自転車とオートバイは私がのるためにやつたのです。このてんについても、もういちど裁判所の人でしらべて下さい、私はわるいつもりでとつたのではありません。それに十ケ月とはすこしどうかと思います。よくしらべて下さい。

弁護人八島喜久夫の控訴趣意

原判決はその理由第一について罪とならざる事実について有罪の判決を言渡した違法がある。

1 刑法第九十七条に未決の囚人とは刑事被告人として勾留状に因り拘禁されているものを指称することは従来学説判例の一致している所であるが、被告人は昭和三十二年十月二十八日仙台市新坂通百四十三番地東北大学医学部附属病院神経精神科南一号病棟第十号病室に鑑定留置されたことにより、被告人の従来の勾留は執行が停止され勾留中の被告人ではなくなるから(刑事訴訟法第一六七条の二)被告人が鑑定留置の場所より逃走するも刑法第九十七条の逃走罪を構成するものではない。

2 原判決は鑑定留置の取扱について勾留中の被告人と勾留されておらない被告人とを区別して、前者についてのみ拘禁状態を破つたことによる逃走罪を認めようとしているが刑事訴訟法第一六七条の二から言つて右所論には賛同できない。勾留中の被告人を鑑定留置する際には特に刑事訴訟法第一六七条第三項のような措置をとることによつて逃走を防止することができるのであつてこの規定の存在も勾留停止後の被告人が既に拘禁状態にないことを物語るものである。

3 又原判決は被告人が看守人が付され施錠ある病室に収容され容易に逃走出来ないような設備の中に留置され拘禁状態にあつたのであるからこの状態から脱出した被告人は逃走罪の責任があると言うが東北大学医学部附属病院神経精神科の病棟は精神異常者の狂暴逃走等に備えてかかる設備をしているものであつて未決の囚人の為に備えているのではない。被告人が勾留状によると同様の拘禁状態におかれたとする原判決の説明にも賛同することができない。

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